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2012年8月14日 (火)

よしなしごと(4)

明日は、終戦記念日…なぜ敗戦という言葉を使わないのかは、いずでまた考えてみようとは思っていますが、ともかく、静かに戦争の犠牲になられた方の冥福を祈りたいと思います。

今日は、それにちなんで少し思ったことをアップしてみますね

 

☆郭相声さん

 

 先日、朝日新聞で読んだ記事に心を動かされたので、記事をアップしようと思っていたのですが、後で切り抜こうと思っている内に忘れて、裏面の記事を切り抜いてしまい、部分的にしか残っていません。うろ覚えで書くのは危険だけれど、明日にちなんで少し書いておきたいので、記憶にある内に書きます。

 

 

 

 中国の郷土史家「見捨てられた日本人は同じ被害者」として、ゆかりの地の保存運動

 

この方は、62歳の元小学校教師。地元政府の委託で戦争の歴史を調べる中、多くの犠牲者や残留孤児をもたらした開拓団員の逃避行に関心を抱かれ、残留婦人や孤児から避難体験を聞き、何冊も本を書かれました。

 

 郭さんが中心となって保存を求めているのは、死亡渡口(死の渡し場)と呼ばれる大羅密河の河畔、脱出船の発着地の伊漢通港跡や吉興村の開拓団集落跡で、黒竜江省に史跡としての保存を相談したが、難しいとの返答。県政府が昨夏建てた「開拓団の慰霊碑」もネット上で批判を受け、建立後間もなく撤去を迫られたという背景があったそうです。

 

かつての中国なら、そもそも許されない活動だったかもしれませんが、批判があっても、中国の方でそう思って行動して下さる方がいることを大変有難いと思いました。

 

国の方針に振り回され、戦争で犠牲になるのは、常に名もなき市民です。戦争に一般的な正義や公平性を求めても詮無いことですが、そういうものが戦争なのだと知る縁になるとも思えました。

 

 

 

さて、この記事を読んでいて思い出した本があります。縁も異なものというか、引き寄せ効果なのか…、前回取り上げた新田次郎の奥様、藤原てい女が書かれた、確か題名は「流れる星は生きている」と言ったと思います。何しろ35年ほど前に読んだものなので、不確かですが、テレビでドラマ化もされたのではないかな?

 

その本は、てい女ご自身の引き揚げの体験を淡々と綴られたものであったと記憶しています。とても衝撃的な内容でした。大陸に夢を抱いて生活の場を作った人々が、政府や軍からも見捨てられて、一体元いた人数の何パーセントの無事な帰還が適ったと言うのでしょう。命があっても、赤子を売り、娘を差し出し、子どもを取られ、全財産を奪われ、身体の自由を奪われ、…心と体にどれほどの傷を残しての帰還だったのでしょう。

 

日本本土にいた民間人だって酷い目に在ったのに、引揚者には日本政府が補償金を出していたことに、批判があったことがかつてありました。原爆の被爆者だけでなく、東京大空襲や他の空襲で命や身体の健康、全財産を奪われた人々、敗戦国となった時に他の戦勝国の略奪と凌辱に耐えた人々、そうした全ての犠牲者に補償があったとは思えません。だから、引揚者に補償金があったことがいいのか悪いのか、私には分かりません。

 

ただ、戦争のつけというには余りにも重いモノを、国民の多くが支払わされた事実があった…としか言えません。

 

知人のそのまた知人に、やはり引き揚げてきた女性がいました。今も御存命かどうか知らないのですが、その方は家族を守る為に、長女という立場からまだ10代前半のか弱い操を散らしたそうです。娘を守りもせず止めもせずにいた父親は、それを恥じて、死ぬまで彼女の家の玄関先から上へ上がることはなかったと聞きました。家族に守ってもらえなかったうら若き少女の苦悩、家族のためとはいえ娘を見捨てたことを生涯抱えて生きなければならなかった父の苦悩、…一体戦争が生み出す悲劇はどれだけ残酷なのでしょう。

 

その方も、生きておいでなら既に70代後半。こうして戦争の記憶は薄れていってしまうものなのでしょうか…。どんどん、遠いことになってしまいます。

 

ですが、お隣韓国では今も兵役義務があって戦争と無縁でないことを意識する瞬間が若者にはあります。そして、ニュースを見れば、中東やアフリカでの戦火を目にします。時には少年兵と思われるのに大きな銃を担いだ姿に出くわすこともあります。

 

どうか、人類よ、歴史を学んで繰り返さないでほしい。人が立ち向かうのは災害だけでも手一杯なはすでしょう?

 

3人の息子達も戦争にやるために生んだのでは、断じてありません。

 

戦争がなくなることを祈って…

 

どの国もどの民族も平和であることを祈って…

 

子どもが子どもとして守ってもらえない社会が存在しないことを祈って…

 

 

 

 

 

☆映画「君を忘れない」

 

 8月のこの時期になると、何となく意識がそちらに行くものなのか、手に取ったケースの表紙がゼロ戦と特攻隊らしき若者達だったので、つい借りてきてしまいました。

 

 映画そのものは、15年前に作成され、当時のイケメンさん達(唐沢寿明、木村拓哉、…)が、特攻隊で出撃するまでに友情を築いたという内容でしたが、どうも今ひとつつっこみ方が足りないのか、中途半端な感じを抱きました。ただ、やはり1020代のあたら若い命が戦争という悲劇の中で散らされたという意味で、サミシイ映画でした…

 

 

 

 身内にも、予科練で飛行機乗りだった人がいます。終戦の間際に間もなく特攻隊員となる予定だったと聞いています。10代の少年に過ぎませんでした。今考えれば高校生です。

 

一体死を決意した若者が、その志を閉ざされた時本当に抱いた想いはなんだったのでしょう。

 

その若さで信ずるものが欠落した喪失感はどれほどだったのでしょう。

 

尊敬する先輩達が何人も命を落としているのに、生き永らえてしまったことに素直に喜べない人生って何なんでしょう。

 

 戦争がいいことを生みだすなんて決して思えない。

 

他国の戦争の特需で豊かになった国で育ちながら何を言っているんだって言われそうだけど、やっぱり戦争はあってはいけないと思う。今、領土問題で隣国ともめているけれど、

 

是非外交力で解決して欲しい。どの国の子どもも若者も、母はそんなために産み育てたのでは、決して、決してありません。

 

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コメント

「どうか、人類よ、歴史を学んで繰り返さないでほしい。人が立ち向かうのは災害だけでも手一杯なはすでしょう?」

本当に同感です。
いつまで経っても世界平和がきませんね!

生活も守るために軍事費が必要??
おかしいですね!
世界に独裁者がいなければ終わるんだろうか??
資源が平等にあれば、なくなるだろうか?

オオカミ少年のように、敵が攻めてくるから危ないよ!って言い続けて、金儲けの手段にされているところもあります。

将来が不安ですね!心穏やかに暮らしたいです。

chaukenさん
コメを本当に<(_ _*)> アリガトォ
皆が少しずつ、こうして思っていることを忘れないようにしていれば、戦争に向かって国が走ることはないと信じたいです。そして、できれば、自国だけでなくどんなに遠くの知らないような国でも戦争がなければいいなって思います。

こんにちは
8月は、いつも心が重くなります。
戦争は、勝ってても負けても、悲惨です。
人が人を殺すこと、人の誇りを踏みにじること、一体誰の得になるんでしょうね。
あの戦争で、色々な問題が、まだ検証も、整理もされず、積み残された侭で沢山有ります。
それぞれに言及できないのですが、国民は振り回されているだけではダメなんでしょうね。
戦争と云うものが起こる迄には、その兆候が有ります。
起こしたいと思っている人達は、巧みに隠して、誘導していくのですが、よく見ていれば気づけると思うのです。
時々、世論が怖くなる時があって、ひとつの意見に賛同する声が上がり始めると、マスコミさんなんかは何も伝えなくなります。
世論に攻撃されるのを怖がるからだと私は思っていますが。
どんな考え方でも、反対の事を言えないと云う世の中では、何かの意思によって本当にものが言えなくなってしまいます。
第二次世界大戦、初めのうちは、小さくても新聞などでは批判などを載せていたそうです。
その内世論の声が大きくなり、同時に報道も控え気味になって、国寄りになってしまえば、庶民は口を噤むしかなくなります。

司馬遼太郎が、その国の良心は庶民だと言っています。右や左に揺れていても、最終庶民の良心が正しいのだと・・
そして司馬さんは庶民に期待をしているのだと・・
国の方向付けは、勝手にされているんじゃなくて私たちも関わっています。
一人の力は弱いけど、本当に嫌だと思ったことを止めることは可能だと思います。共犯者にはなりたくないですもん。

ほんっとーに、ゴメンなさい
長々と、こんなのコメントじゃ無いです㋧
文章力が無くて、くどくなってしまいます。
と~まの夢さんへの語り掛けなので、読まれたら廃棄して下さっても良いですので・・・
と~まの夢さん程の語彙力と文章力が羨ましい

tutatyanさん
コメを('-'*)アリガト♪
何をおっしゃる!とても、とても心に響きました。
批判ができるということは本当に幸せなことです。日本が今いい国なのは批判ができるからだと思います。相手を罵倒するのではなくて、批判が出来るということが本当にどれだけ素晴らしいことか…。もっと感謝して、そして、小さな批判でも忘れずにしていくことができれば、きっと戦争に走る国にはならないと信じています。
司馬遼太郎さんのお話、初めて知りましたが、皆に知って欲しいですよね。一庶民として、その良心を失わない人間でありたい…です。

こんばんは (◎´∀`)ノ
私も毎年この時期になると、戦争のことを考えずにはいられません。戦死した祖父、戦後28年間もの長い間ひっそりと生き永らえた故・横井庄一氏。
そして『終戦記念日』という言葉に、違和感を感じていたことも事実です。終戦直後は”敗戦と屈辱”を多くの日本人が感じていたことと思います。
しかし近年になってようやく『終戦記念日』という言葉の意味が少しは理解できるようになったような気がします。
「もう2度と戦争はしない」という決意の表れ!それが敗戦ではなく終戦、そして記念日なのだと!
しかし今もこの地球上のどこかで、無意味な戦いが繰り広げられています。まるで”殺人マシン”のような少年兵までいるとか?!
日本のすぐ近くの国でも、危険な思想を持った国があります。
たとえ世界が、日本がどんな状況になろうとも、戦争に巻き込まれることだけは断じてあってはなりません。
できることなら、スイスやオーストリアのように「永世中立国」になってもらいたいものです。

慕辺未行さん
いつも読んで下さり、今回はコメもありがとう♪(#^ー゚)v
戦争の結果だけに目を向ければ敗戦と言わねばならないし、同じ轍を踏まないという反省を込めるならば、やはり敗戦という言葉を使うべきでしょう…
ただ、終戦とすることで、2度と戦争には手を染めませんという誓いの意味は強くなるのだと思います。実際には、当時折れかけた日本という国を立て直す必要が日本にも欧米諸国にもあって、そのためにもただ負けたという意識では立ち直れないという事情も見え隠れしていたように感じるのです。
そこが都合?だったのかなって…
こういう違和感も感じて、疑問ももって、考えて、それが、とっても大事なんだと思います。
9条もなくしてほしくないし、永世中立国も目指してほしい…
そう思いつつ、周囲の国から食い物にされるのも嫌だと思ってしまうのが、自分でも優先順位が分からず難しいです。
最後には、戦争だけは止めて!!なんですけどね…

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